九十九里七福神めぐり  七福神ってどんな神様?
 七福神とはご承知のとおり、毘沙門天、大黒天、弁才天、福禄寿、寿老人、布袋尊、恵比寿の七神の総称です。
 毘沙門天、大黒天は、仏法守護の戦闘の神。弁才天は、音楽・弁才(口が達者なこと)を司る女神で、いずれもインドで信仰されていたものが、仏教伝来とともに日本に入り、あがめられるようになりました。
福禄寿、寿老人は、中国の長寿の神様。布袋は、中国五代の禅僧・契此(かいし)の福々しい姿を写したといわれています。恵比寿は、もともと漁民に信仰されていましたが、転じて海運守護や商業繁栄の神様として、広く信仰されるようになりました。
 つまり七福神は、インド、中国、日本の神様からなる混合チームなのです。といっても7人が偶然、集まったというわけではなさそうです。
 七という数字は、七曜、七宝、七賢などの聖なる数であり、七福という語は「仁王護国般若波羅密教」というお経にある「七難七福」の説に由来しています。7つの災厄から逃れ、7つの福を授かりたい。そんな庶民の願いが、誕生の背景にあるようです。 七福神巡りは、元旦から7日までに七福神が祀られている神社やお寺を巡り、一年の福を授かろうと広まったものです。もちろん今は、そんな杓子定規に考える必要はありません。
七福神巡り行程
T.JR成東駅を起点としたコース
成東駅→900m→観音堂→100m→光明寺→1500m→月蔵寺→2000m→宝積寺→3600m→真光寺→3000m→海巌寺→1400m→慈広寺→7000m→成東駅

U.JR松尾駅を起点としたコース
松尾駅→1500m→宝積寺→3600m→真光寺→3000m→海巌寺→1400m→慈広寺→→7500m→観音堂→100m→光明寺→1500m→月蔵寺→2000m→松尾駅

所要時間: 車では約2時間、徒歩では約6時間
Information
わが街ご案内処
 0475-82-2071
九十九里七福神めぐり事務局
 0475-82-4597(光明寺内)
◆御朱印◆
御朱印紙 500円
御朱印代 1ヶ寺200円
毘沙門天 戦闘の神様が福の神になった理由って?
 学業成就のご利益がある毘沙門天のルーツは、大黒天や弁才天と同様のインドです。
 東を守るドリタラーシユトラ西のビルーバークシヤ、南方を守護するビルータカに、北方を守る毘沙門天を加えて、四天王と呼ばれていました。優れた4人組を称して、四天王と呼ぶのは、どうやらここからきているようです。
 甲冑を身につけ、左手に宝塔、右手に金剛棒を持つ勇ましい姿から、戦闘の神様として信仰を集めていました。上杉謙信が、丸に「毘」の字をかたどった戦旗を使用していたという話も有名です。
 ただ、戦闘の神様がなぜ、福の神が集まる七福神の一員になったのかは、未だ歴史上でも謎となっているのです。

新泉観音堂
山武市新泉
光明寺別当
寿老人 連れている鹿も長寿の象徴なっているとは
 福禄寿と同じ中国の神様で、にこやかな笑みをたたえ、手には杖や、団扇や桃などを持ち、鹿を従えた姿が一般的に有名です。ちなみに、連れている鹿は、玄鹿(げんろく)といいます。そして、団扇、玄鹿、どちらも長寿の象徴なのです。
 寿老人と福禄寿は、姿形やプロフィールが似ていることから、ひとつの神様として考えられていたこともあるようです。
 現在は2神とも七福神のメンバーに確定されているものの、聖なる数の「七」になるようにと、数合わせのために使われている印象も若干否めないところです。

富田光明寺
山武市富田1715
0475-82-4597
大黒天 福の神のルーツはなんと破壊の神だった
 大黒天というと、打出小槌に大きな袋、そして米俵と、いかにも福の固まりといった感じです。 しかしルーツをたどると、福の神の柔和なイメージからは、想像もできない神様にいきあたります。
 大黒天はインドから伝わってきた神様です。名前をマハーカーラといい、ヒンドゥー教の主神であるシヴァ神の化身で、破壊の神、戦闘の神なのです。その姿は、髪の毛を逆立て、怒りの表情をあらわしています。なかには、三面八臂(三つの顔に腕八本)という異相まであります。
 そんな大黒天が信仰されるようになったのは、大国主命の大国(だいこく)と大黒の音が通じ合うことから、両者が同一視されるようになったからのようです。

早船月蔵寺
山武市早船147
0475-82-5299
福禄寿 旅行に出かけるときはお参りを忘れずに!!
 幸福の福、身分を表す禄、寿命を意味する寿の三文字からなる道教の長寿神である福禄寿。
 南極星の化身であるとされ、中国の人々の間では、かなり熱い信仰を受けていました。
 しかし日本では、星の信仰が広く浸透していなかったためか、単独で祀られることがほとんどなかつたようです。
 鶴に乗り、自由に世界中を飛びまわり、道を教える「鶴上の仙人」ともいわれています。その姿にあやかって、海外旅行や、留学先での安全、平穏を守ってくれる神様としても人気があるようです。

大堤宝積寺
山武市松尾町大堤449
0479-86-4080
布袋尊 福々しい姿がうけて福の神に抜擢された
 布袋は、七福神で唯一実在した人物、禅僧・契此(かいし)をモデルにしたといわれています。
 契此は、大きなお腹をしており、いつも大きな布の袋を持っていました。そして施しを受けたものを袋の中にどんどん入れていたそうです。この布の袋を持つ姿から、布袋と名付けられたようです。
 やがていつのころからか、施しを求めて市中を練り歩く布袋を、弥勒菩薩(仏が死んでから56億7000万年たったときに地上に降りて人々を救うといわれる救世主のこと)の化身として人々が信仰するようになったのです。
 その福々しい姿が浸透していき、最後には福の神が集まる七福神のひとつに加えられるようになったといわれています。

借毛真光寺
山武市松尾町借毛本郷1238-1
0479-86-4386
弁才天 七福神で唯一の女神は音楽・蓄財の神様
 西北インドにあった大河の名前(サラスヴアーティー)を指し、その偉大さが神様となったようです。そこから豊穣の女神となり、河の流れる音が音楽に例えられ、音楽の女神となりました。
 また言葉の女神ヴァーチユと同一視され、弁舌、学問の神様としても敬われています。
 初めは、弁才天と呼ばれていましたが、七福神巡りがはやると、巳の日に弁才天にお参りすると財産を得ることができると噂され、蓄財の神様として信仰されるようになり、才の文字が「財」に置き換えられるようになったようです。

木戸海巌寺
山武市木戸432
0475-84-1296
恵比寿 大漁の神様として漁民に人気
 左手に鯛をかかえ、右手に釣竿を持つ、七福神のなかで唯一の日本生まれの神様です。
 もともとは、大漁をもたらす神様でしたが、商業の発展とともに、商売繁盛の神様としても信仰を集めるようになりました。
 また、イザナミとイザナギの間に生まれた第三子の蛭児大神(ひるこおおかみ)と同一視されています。蛭児には、三歳になっても立てず、葦の船で流されたが、運よく浜に流れ着いたという言い伝えがあります。
 両者に「海」というイメージが色濃くあることから、同一視されるようになったようです。

小松慈広寺
山武市小松726
0475-84-0071